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藤色の庵の楽書帳 |アルミ鍋を作る少女

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アルミ鍋を作る少女

ぎっくり腰で仕事を休んでいたせいで、復帰したらクビになっていたワタクシは、非常に落ち込みました。 取りあえずの居場所は、ありましたから良かったけど、英語の勉強をしに行ってるのに(お前さんの英語は、ノーグッド!)と、言われ、それは、それは、ショックでした。
何度も挫折は、味わっていたけれど、これもひどい挫折でした。

M子さん(私を引き取ってくれた大恩人)とも相談し、次の仕事探しを開始しました。 今度は、英語を必要としない肉体労働を、と言う訳で、工場(Factory)中心に、M子さんと彼女と同郷で親友のR子さんに連れられて車で手当たり次第に工場を訪ねては、二人が、「この子を使ってくれませんか?」と、交渉です。 歯磨き粉のコールゲートにも行きましたが、けんもホロロに断られ・・・
最後に隣町のアルミニウムの鍋工場に行って交渉したら、雇ってくれました。

この工場は、朝7時から午後3時までの為、朝早くに起きてF駅まで徒歩でテクテク20分、汽車に乗り次の駅で下車。 そこで工場行きのバスに乗り工場へ。 帰りは、その逆。
最初の朝だけ一人オバサンがついて教えてくれ、ただひたすらにアルミの鍋を作り続けるのです。
馬鹿でもチョンでも出来る単純作業。 アルミの鍋の原型があって、それを機械の所定位置に乗せ、ボタンを押して止まるまで(30秒位)待ちます。 止まったら、鍋が出来上がっています。
一日中同じ作業をやり続けると言う、私の最も嫌なタイプの作業です。

そこには、出来上がった無数の鍋を集めて歩く人以外は、全て中年女性、移民の国オーストラリアですから、ヨーロッパ系の片言英語のオバサンたちが大勢働いていました。
ノルマ以上作るとボーナスが出るので、誰一人無駄口たたいてサボる人などいません。
然し、週給43ドルから28ドルに落ちた私、惨めで惨めで、鍋のボタンを押しながら自問自答でした。
「私は、こんな事をしにオーストラリアくんだりまで来たのか???」。

英国の流れを汲むオーストラリアですから、10時には、モーニングティータイムが10分間あります。
皆それぞれお茶のポットと茶菓子を持参しています。 モーニングティーなどない日本で育った私、食堂に行って一緒のテーブルに座って周囲の人を眺めていました。
ランチタイムは、1時間あって、その時も仲良しの居ない私は、誰かの傍に座って、どんな物食べてるのか見学です。 私は、普通のサンドイッチを食べてました。
さすがに、ランチタイムには、話を少ししましたが、みんなそれぞれの国別に集まって、自国語でペチャクチャ。 話に入っていけません。 何だかユーゴースラビアとかイタリアとかギリシャとかの国の人たちが決まって、ランチには、赤カブの酢漬けのサラダを食べてたのが印象に残っています。

オーストラリア到着後3ヶ月くらい経っていました。 今と違って、船に乗るまでは、超日本的な生活を送っていた田舎育ちのワタクシ。 自分で長い間夢見ていたワタクシ。 食事も言葉も習慣も丸で違う所に入り込んだ迷子のワタクシ。
相当ストレスが溜まっていました。 私の心は、この職場に拒否反応を示し始めていました。
残念ながら、一週間(5日間)働いた後、辞めました。 M子さんは、「大丈夫、大丈夫、何とか成るよ」と、慰めてくださいました。 神様第一号です。 その後も続いた海外生活(全部で3年半)で、地に叩きつけられどん底に陥った時いつも神様が現われて助けてくれました。
この鍋工場で覚えた言葉、それは、アルミナム - アルミニウムの英語の発音、中々発音出来なかったのが言えるようになりました。

      ***********************************

最初の下宿先を去ることを余儀なくされた私を二言も無く引き取ってくれたM子さん御夫婦。 その当時40歳くらいの御夫婦には、実子が無く、Tちゃんと言う女の子を幼女にして育てていました。 Tちゃんは、日本人男性とオーストラリア人の女性の間に生まれた混血児でしたが、髪は、金髪、目は、ハシバミ色(緑がかった茶色)のフランス人形みたいな女の子でした。 生後1週間で新しい両親の元にやってきました。

Tちゃん

 1969 - 1973014


話がそれました。 最初の下宿先W家を出たいきさつをお話しましょう。 主人がドイツ系移民32歳、奥さんがエジプト系移民28歳、絶世の美人妻でした。 ワタクシ、番茶も出花の21歳。 何が起こったかご想像つくでしょう? 

朝早くから家を出て暗くなるまで帰宅しない私。 しかも週末は、仕事を半日した後、M子さん宅で過ごしていた私です。 その当時私は、非常に筆まめでしたので、夕食後、食卓で良く手紙や日記を書いていました。 エジプト人の奥さんは、居間でテレビを観、ドイツ人の旦那さんは、自分で建てたレンガ造りの家が完成していなかったので、浴室や台所の辺でいつも勤勉に働いていました。
自然にお互い片言で会話が始まります。 フツ~の会話です。 奥さんは、毎晩テレビを観ていました。

ある土曜日、いつものように仕事に行き、半日働いた後、船で一緒だった女の子(日本人で山口県出身)と、ウィンドウショッピングに行き(その当時は、土曜午後、日曜は、お店は、完全閉店)一緒にM子さん宅に着いた私を待っていた物、それは、疑惑でした。 つまり、その朝W家では、夫婦喧嘩が勃発したらしいのです。 それで、ドイツ人のダンナがプイと家を出てしまった。
情熱の国エジプトから来た美人妻は、私とダンナが浮気をしているに違いないと妄想に走ったのであります。

M子さんの家には、W家を紹介したA子さん夫婦も来ていて、「今日中にW家を出た方が良い」と言う相談がなされており、夕方すぐに必要な荷物だけ取りに行って即退去したと言うわけです。
その帰りの車の中でうかつにもA子さんのダンナ(イギリス人)の「Your boyfriend・・・」には、憮然としました。 夢にも思っていない渦に巻き込まれそうに成ったのです。
それでも即刻退去は、よかったと思います。 もちろん引き取り人があったからですが・・・

その後数週間たってから、美人妻が謝って来て、食事に招待されました。 残りの荷物もあったので、船で一緒だった女性と一緒に伺いました。 そして、荷物を全部と預かってもらっていた私宛の手紙も貰ってサヨナラしました。 その後聞こえてきた噂では、今度は、美人妻が家を出たと言う事でした。
結局私は、何もしなかったけど、前から怪しかった夫婦仲に水を差したのかも知れません。
物の考え方から言うと、ドイツ人と日本人の方が話は、合ったかもしれません。 
然しこの私が、焼きもちの対象になるなんて、夢にも想像していませんでした。 生まれて初めて大人のドロドロした物に首をつっこんだのでした。

船で一緒だった同郷の女性と

 1969 - 1973015

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コメント

[C87] No title

土・日はゆっくりパソの前に座る時間が無くてコメントできなかったけど欠かさず読ませて頂いてましたよ。

若かりし頃のお藤さん、とってもチャーミングです。
元気溌剌、若さがはちきれそうね。
ピンチの時に救いの手が差し伸べられるのは、お藤さんの人徳ですよ。
体験記の続編、楽しみにしています♪

お藤さんに比べると私は平々凡々の人生です。
でもね良いことが一つ、若い頃より今のほうが丈夫です。
身長155体重45の割にはパワーあるんですよ(笑)

ところで吉和って広島県なんですね。
この時期、天然クーラーが羨ましい限りです。

[C90] No title

こまははさん

今日もヒッジョ~ニ暑いです。 私、もう夏は、結構でゴザイマス。
これなら、寒い冬の方がマシ。 

ハイ、はち切れんばかりに太りまして、1年後に元の体重に戻りましたが、伸びたお腹の皮は、戻らずじまいです。 そして次に太った時には、その皮が又伸びた。

こまははさんって、ちっちゃいんですね、びっくり! でもお元気で何よりです。 私も若い時よりは、今の方が元気かも。
パワーは、ありませんが。

吉和ってね、広島県なんだけど、山口県と島根県の県境です。
山奥です。
  • 2008-08-04 15:09
  • 藤色のアン
  • URL
  • 編集

[C91] No title

>ちっちゃいんですね、びっくり! 
155って小さいですか?
自分ではフツーサイズのつもりなんですけどね。

ホームのぷろふぃるの中に隠れてるよぉ~

自宅から吉和まで車でどのくらいかかるんですか?

[C92] No title

アルミなべを作る工場で一日中同じ作業はつらそうです。
言葉がわからないとこでいろんな国の人の中でフジちゃん
がポツンと一人食事してる姿が浮かび涙でそうでした。
色恋沙汰にも巻き込まれ、、、絶望の淵にいたんだね。
でも、くじけずがんばるとこがほんとにエライ!!
ど根性カエルですぅぅぅ~!!

こまははさんは155cmです45キロなんですね
私たちの年齢にしては普通と思います
私は160cmで今は49kgもあります。
どんどん肥えていくぅぅ~~結婚前は46kgだったのにぃぃ

それから年齢は私と一つ違いですね
もうすぐ私も57歳です
ここはあんましみんな見てないから・笑
内緒ですぅぅぅ。
フジちゃんは5月で還暦だったんですよ
なのでいぢはんのお姉さんです。
よかった!!ここでは若いほうで♪うひひひ
  • 2008-08-05 14:23
  • アン
  • URL
  • 編集

[C93] No title

こまははさん、アンさん、こんばんは。

今日は、朝から岩国市内に出かけていました。 用事が済んでから、元職場の仲良し達と、久しぶりにランチ(和食)に行きました。
元職場にも立ち寄りました。 辞めて1年以上経つので、最近は、行くのを遠慮していたのですが、前と同じように接してもらえました。 英語も2ヶ月しゃべってなかったけど、忘れてなかった。 (ホッ)

そうね、155cmは、普通だと思うけど、体重がみんなちっちゃすぎ~! アンさん、3キロしか増えてなくて、今でも40キロ代なんて増えてないに等しいです。 私は、10~15キロ(時期により)も増えちゃって、若い時の写真を見てウエストの細さに自分でびっくりしました。 今は、妊娠7ヶ月みたいなお腹です。

アンさん、私は、5月より前の4月に還暦を迎えたんですよ。 もっと年だ~。
  • 2008-08-05 20:55
  • 藤色のアン
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藤色の庵

Author:藤色の庵
山口県東部地方在住。 手作り大好きは、祖母、母からDNAをしっかり引き継いでいます。
8月に仕事を辞め自由人になり、体力低下と闘いながら手作りを楽しんでいます。時々農婦も・・・

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