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藤色の庵の楽書帳 |続 いざ出陣じゃなかった出港

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続 いざ出陣じゃなかった出港

乗船して案内された船室(キャビン)は、いくつもの階段を下りた船底に近い所だったと思います。
一回では、覚えられないくらい複雑なんです、船の中って。 船だから、スゴイ荷物を持って乗船する事が出来ます。 私も初めから1年の予定なので、あらゆる物やお土産など持ちきれないくらいの物を持って乗りました。 ビザは、1ヶ月しか降りていませんでした。 生活に必要な品物以外をキャビンに持ち込みました。 トランクを置く隙間がやっとと、ベッドの下に一人当たり引き出しが一つの超狭い船室でした。 同じような年の女の子3人を監督するように多分70歳くらいの老婦人の組み合わせ、結構気に入りました。 フランコさんは、長年横浜に住まわれた中国人ですが、ご主人が亡くなったので、弟さんの居るシドニーに移住の旅でした。 もちろん、日本語は、ペラペラです。

乗船した夜は、神戸が日本最後の港だったので、新しく乗船した人を歓迎する会が夕食時に行われ、田舎育ちの私は、ちょっとおっかなびっくりでした。 同室の人4人プラス他の部屋の男性陣4人がその後ずっと同じテーブルに付くのが決まりです。 

イースターンクイーン号は、香港船籍の貨客船で、乗組員は、イギリス人、下働きは、香港出身の中国人でした。 片道7-8万円ですから、決して安くは、ありませんでしたが、その当時の航空券は、片道18万円位でしたから、安いと言えば、安いでしょう。 乗客60人中日本人乗客が、20人でした。 日本人は、殆どが若い人たちでした。 そして、殆どの人が、大学の卒業記念とか言っていました。 中には、昼間働いて夜間の短大に通いながら、その後アルバイトもして、旅費を貯めた人たちもいました。 私は、目を丸くしましたね。 私は、親のすねをかじりながら、旅費を貯めたのですから。

さて、夕食の後で、ラウンジに移動して、親睦タイムです。 年配の人達は、参加しませんでしたが、横浜から乗っていた人達は、すでに仲良くやっていました。 私は、たまえちゃんと由美ちゃんのお陰で仲間に入れてもらって最初の夜から寂しさは、全く感じることなく船旅を楽しむ事が出来ました。

そこでカルチャーショックと言うか、私の無知さに自分で呆れました。 英語に米語と英語があるのは、知っていました。 所が、オーストラリア英語が存在すると言う事を始めて知り、かなりのショックを受けました。 イギリス人のジェフがオーストラリア英語を色々教えてくれました。
オーストラリアでは、a(エイ)をアイと発音するからややこしいのです。 たとえば、paperは、パイパー、good dayは、グッドダイという具合です。 それでなくとも聞き取りと話す事が苦手なのに。
思いやられましたが、20人も日本人がいたのですから、ちっとも不便では、ありません。

翌6月12日は、朝から大雨でした。 その中を船は、ゆっくりと出港していきました。 さあ、次なる至難は、船酔いです。 特に日本近海を航海中の揺れは、ことのほか酷くて、私は、3日間船酔いに苦しみました。 全く起き上がれなくなり、トイレに行くのと吐きにいく時だけ起き上がりました。
食事なんてとんでもない。 3日3晩吐き気に襲われ、「こんな筈じゃ~!」と言う感じ。 然も船酔いで寝込んでたのは、私一人。 3日目にフランコさんが、自分で持参なさってたほうじ茶を入れて下さり、その美味しかった事、懐かしかった事! 大感激でした。 

4日目の朝早く、このままでは、と起き上がり、最上階のデッキに行ってみました。 本当は、3日も食べていなかったので、背中とお腹の皮がくっつきそうに空腹だったから。 早朝だったので、人影は、ありませんでした。 気力で起き上がったわけです。
船は、どこの港にも寄らずに南下し続けました。

同室のたまえちゃんと。 船酔いの為かなりやせています。
 1969 - 1973019

オーストラリア人のミュリエルと。 このワンピ自作です。
 1969 - 1973020
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コメント

[C104] No title

船酔いしたからとて降りれませんものね~
私なんて青森から北海道でさえ船酔いで苦しみましたからね。

自作のワンピース懐かしいデザインです~。

続きは明日ですか~?どんどんお願いしま~す。v-411

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[C106] No title

船酔いひどかったね。三日も何も食べれなくてゲッソリ!!
ほんとにすごくやせてるわー。
いっぱいお洋服も持っていったんだね
フジちゃんの青春の写真も楽しみです。
  • 2008-08-11 09:06
  • アン
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[C107] No title

☆mimakaさん

私は、車には、酔わないのに船は、からきし駄目です。
フェリーも駄目です。 どうなってるんでしょうね。 あの波に揺れるモーションが駄目なのでしょう、きっと。

ミニスカートが流行る寸前のワンピですが、多分、オーストラリアでは、すでにミニが、流行ってたみたいで、乗客の戦争花嫁さんが(短くしなさいよ)と、言うので、皆でヘムを一つ上げました。

☆アンさん

多分40キロ代になっていたと思います。 船出の前は、53キロくらいだったの。 洋裁学校に1年半くらい行ったので、自分の洋服は、一杯縫いましたし、持って行きましたが、到着一ヶ月で体重増加で全滅でした。 (笑)  仕方ないので、向こうで縫いました。
  • 2008-08-11 15:01
  • 藤色のアン
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プロフィール

藤色の庵

Author:藤色の庵
山口県東部地方在住。 手作り大好きは、祖母、母からDNAをしっかり引き継いでいます。
8月に仕事を辞め自由人になり、体力低下と闘いながら手作りを楽しんでいます。時々農婦も・・・

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