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藤色の庵の楽書帳 |南へ南へ

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南へ南へ

船が動き始めたとたんに船酔いで3日間ダウンと大幅に遅れを取った船の生活。 やせてヨレヨレで力が入らなかったけれど、何とか見よう見まねでついていきました。 これが田舎者の自信のなさかと情けなく思うくらい無知で井戸の中の蛙だった21歳の私でした。

船酔いの後でやってきた難題。 それは、偏食。 何しろ25歳まで肉を食べなかった私ですから、外国船に乗船して出て来る物、それは、主に肉類です。 船の食事は、フルコースなのです。 それが楽しみと言う人は、たくさんいました。 私にとって、食事時間は、魔の時間。 食べる物が無いのです。 私の食べれる物は、卵、魚、レタス、トマト、ポテト、ご飯、フルーツ、これだけです。 しかも時には、食べた事もない中華も出ます(39年も前の事ですから、お笑い下さるな)。 毎回フレンチが出ようが、中華が出ようが、私の食べれる物に違いはなく、もうウンザリでした。

飲み物もビールあり、ウィスキーあり、ワインあり、ジュースあり。 飲めない私には、酒類は、猫に小判状態。

日本の港を出て3日もすると、非常に暑くなり、船底の辺りにあるキャビンは、ムンムンして寝られません。 仕方ないので、日本人は、クーラーの効いていたラウンジでごろ寝でしたが、これも西洋式には、許されず禁止になりました。 暑いから若者は皆、クーラーの効いたラウンジでワイワイ言って過ごすか、トップデッキで涼むかして夜更かしし、翌朝は、朝食の時間帯は、スヤスヤ寝ていると言うわけです。 ある朝、無理して起きて朝食に行ってみると、そこにいたのは、中年以上の人たちだけでした。

朝食も和食しか食べたことの無かった私には、コーンフレークスやパンにジャム、ジュースは、なじめず食べずに遅くまで寝ているほうがマシとこうなったのですが、ベッドメイクに来るので、ずっとベッドには、いられません。
その内に企画が立てられていて、昼間も夜も全員参加の行事が行われ始めました。 
まず、船酔い後でフラフラの私も呼び出されて、トップデッキの上で輪投げ大会です。 優勝したら景品が出ました。 その頃スポーツ音痴の私は、もちろん1回戦敗退。

夜は、夜で、またもやトップデッキでビンゴゲームです。 私は、つきについていて、勝って勝ってお金をもらいました。 と言っても10セント単位でかけるのですから、大した事は、ありませんが。
船には、メイトロンと呼ばれる年配のお世話係のオバチャンが居て、乗客を飽きさせないよう企画を立てて一生懸命盛り上げていました。 時には、2階のラウンジでピアノを弾いて乗客は、ソファに座ってウットリとか。

ドンドン暑くなるので、ある日、船の上に海水を引いてプールが組み立て られました。 水の位置で船が揺れているのがおわかりでしょうか?


 1969 - 1973021

プールで泳ぐと疲れます。 船の上では、行動範囲が限られますから、毎日同じ事の繰り返しです。
昼食の後でラウンジで涼み、あるいは、プールで泳ぎ、そして夕食までは、昼寝です。 暑くても仕方ありません。 段々ベッドで寝ます。 起きたら汗だく。

そうこうしていたら、6月18日正午、赤道通過のお知らせがありました。 皆トップデッキに上がりましたが、もちろん海上には、赤道の線など引いてはありません。 中国人のボーイさんたちが、トップデッキにテーブルを据え、ご馳走を運んでき始めました。 皆で赤道を越したと言う証明書を貰い、お祝いのお食事会です。 まぁ、偏食家のワタクシには、あまりどうと言う事は、ありませんでしたが、伊勢海老などは、それまで口にしたことは、ありませんでしたから美味しかったです。 皆さん、豚の丸焼きとかが良かったと言っていました。 


 1969 - 1973022




下の画像は、同じキャビン仲間の四人です。 くそ暑いのに出発前に編んでもらった毛糸の半袖のセーターを着ています。



 1969 - 1973024

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コメント

[C111] No title

えっ、25歳までお肉は食べれなかったんだ!
それじゃ船旅のお食事はつらかったね
赤道通過のお祝いで伊勢海老はうれしかったね♪
ホテルみたいなレストランで毎日豪華なお食事
すごくリッチな船旅ですね
飲んで食べて遊んで、、船酔いがなければ天国だね
  • 2008-08-14 10:20
  • アン
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[C112] No title

私も20才位までお肉といったらもっぱらカレーに入っているもだけ。
たま~に父ととんかつ屋さんへ行ったかな~。

船上のプールとは面白いですね。
それにしても退屈な毎日ですよね~?
まわりを見渡しても海海海でしょう?

息子が10代のころ東京から北海道まで船を利用していったとき
2晩だけなのに「もう2度と~いやだ~」と言っていたのを思い出しました。

[C113] No title

☆アンさん

そうなんですよ、だから、船の食事もだけど、小3で始まった給食にも非常に困りました。 家でも、「食べろ、食べろ」と、言われるし。
それが、なぜ直ったかと言うと、2回目の海外生活でスイスで女中権子守をしたのですが、一日目にチキンが出てきて、食べませんとは、言えずに食べたら美味しかった! 今でも、豚は、苦手ですが・・・

☆mimakaさん

今でも肉は、ちょっと苦手です。 ステーキなどは、焼きすぎくらいに焼かないと嫌な方です。 ですから、食中毒には、なりません。(笑)
船には、結局2週間くらい乗ってました。 若い日本人が一杯乗っていたから、それなりにおしゃべりも楽しかったし、読書もレース編みもしたけど、それでも時間を持て余してた。
下船が近づき始めて、船の生活が終わって欲しくなくなりましたよ。
全員家族みたいな。
  • 2008-08-14 13:01
  • 藤色のアン
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プロフィール

藤色の庵

Author:藤色の庵
山口県東部地方在住。 手作り大好きは、祖母、母からDNAをしっかり引き継いでいます。
8月に仕事を辞め自由人になり、体力低下と闘いながら手作りを楽しんでいます。時々農婦も・・・

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