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藤色の庵の楽書帳 |約半世紀の縁(えにし)1

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約半世紀の縁(えにし)1

5泊6日のシドニー訪問の旅から帰って来た。 普段、田舎町に住み、ゆる~い生活を送っているワタクシにシドニー行きの誘いをかけたT高校時代(軽く半世紀前)の同級生M子さん。 旅の達人(国内、海外)のM子さんと一緒なら、最期の海外旅行も大丈夫だろうと、決心した。 夫が亡くなったのは、2年余前、自分の人生をどう生きたものかと、この2年間考え続けた。 亡くなった夫は、2度と帰っては来ない。 私は、楽しく暮らす事を選択した。


私が、オーストラリアとの縁が出来たのは、13歳、中学1年生の時だった。 中学1年生の1学期にシドニー在住の少女と文通を始めた事で、その頃仲良くしていた1級上のK江さんの(親戚にオーストラリアにお嫁に行った人が居るよ)から、奇跡的に結びつきが発生したのだ。 昨年フジテレビで全国版で放映された戦争花嫁(オーストラリア・アメリカ)を取材した番組に出演された一人が、愛子・ハウズさん、私と同じ村の出身者。 奇跡的な出会いだった。 私の将来の夢は、そこで決まった。 高校を卒業後にオーストラリアに行くと言う事。 四六時中そればかり考えていたが、誰にも言わなかった。


21歳になって直ぐの6月には、シドニー行きの船に乗っていた。 あの頃は、1点しか見えて居なかった。そこへ突き進むエネルギーの凄さ。 愛子・ハウズさんが頼りだった。 シドニー到着後3日目からボンダイジャンクションにあったグレースブラザースと言うデパートで働き始めた。 英語は、聞き取りも会話も殆ど出来なかったが、慣れない着物を着て、真珠売り場に立っていた。 その頃に会ったのが、昭子(しょうこ)さん。 下宿先は、セフトンの若い夫婦(子供二人)の家だった。 1ヶ月後にその家を出る羽目になり、愛子さんの友達、美和子さん夫婦のお宅に移った。

 

2回目にオーストラリアに行ったのは、25歳になった直後の事。 今度は、美和子さんを頼って。 私は、いつも誰かを頼りにしていた。 この恥ずかしい図々しさが無かったら、今の私は居なくて、後悔だらけの一生になっていただろう。2回目の職探しは、昭子さんを通じて、ジェトロの事務員に決まった。 私一人では、何にも出来なかっただろう。



3回目のオーストラリア行きは、定年後の2009年。 美和子さん宅に2週間滞在だった。 美和子さんとは、日本で何度も会っていて、家族同様の付き合いで、車でアチコチ連れて行って貰った。 私って、どこまで人を頼るんだろう。 昭子さんの住所がわからなくなり、その時には、彼女には、会えなかった。 他の友達も亡くなったり、音信不通で会えず。 美和子さんと愛子さんのみ。



今回は、4回目で、最期の海外旅行の積りで、意気込んで乗り込んだ。 何しろ、旅の達人が一緒だから。 私は、成り行き任せタイプだから、何も調べず、又しても彼女を頼ってしまった。 2年間住んだ所だからと安易に考えていたら、2000年のシドニーオリンピックですっかり様変わりしてしまっていた。 その上、市内のアチコチは、工事現場だらけに学校の休暇が始まり、大混雑。 高層ビルだらけで、目印が丸で見えず、方向もわからず。 ババタリアンは、誰彼構わず聞きまくり問題解決。 私が働いていたジェトロの入っていたオーストラリア スクエア ビルディングは、健在だった。 45年前は、その辺りでは、1番高い48階建てだった。 見つけやすいのが良い。


(画像は、クリックすると拡大されます)

スクエア(角い)なのに、円柱形のビル  スクエアとは、広場の事

DSC05054.jpg

この建物が面した広場が、オーストラリア スクエア (カフェになっていた)

DSC05051.jpg


1回目の1969年には、オペラハウスは、建て始めて10年以上経っていたにも関わらず、資金不足でいつ完成か??だった。 それが、2回目の1973年、西部のフリーマントルから乗船したオーシャン モナーク号が、シドニー湾に入港し、完成間近のオペラハウスすぐそばを通って、シドニー着だった。 その後何カ月か後に完成した。

DSC05042.jpg

DSC05043.jpg

向かって左側の方角に有名なシドニーハーバーブリッジ

DSC05039.jpg

不覚にも日記を付けなかったので、数々あったお笑いシーンや失敗談等、覚えている範囲で、徐々に、記して行きたいと思います。



  

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コメント

[C3171]

藤色の庵さん、お帰りなさい〜
お元気で楽しみながら旅が進んだみたいですね。
懐かしい人、場所、建物、景色・・・・・
次々と若き頃の思い出がよみがえって元気がわいたことでしょうね。
・・・数々あったお笑いシーンや失敗談・・・
ふふっ、やっぱり、あったのですね。(笑)
次を楽しみにしておきます。

[C3172]

お帰りなさい!
旅行してらしたのですね!
お天気で良かったですね、青空の写真が眩しいです。
オーストラリアまだ行ったことありませんが、この先どうなるかしら…。
海外旅行は億劫になってます。
若くなることはないので行くなら早い方が良いのですけどね。
庵さんは個人旅行ですものね。旅慣れた方とご一緒で、良かったですね。
旅のお疲れも出てくるでしょうから、ボチボチ更新してくださいませ。楽しみです!
  • 2017-10-08 18:08
  • ameri
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[C3173]

お疲れ様でした!
兎に角元気なうちにやりたいことはさっさとして、行きたいところはさっさと行きましょう!
病気をすれば残り人生何もかも方向転換するようになってしまいます。
私なんてパスポートすら持たないうちに老後生活になってしまいました×

おみやげ話は徐々に公開、楽しみにしていますよ~。

こちら日本国内ですから気軽にまた来てくださいよ。是非。

 ↑ameriさまもお元気そうでなによりです。
  • 2017-10-09 08:40
  • mimaka
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[C3174]

☆hanaさん
行く前は、心配が先に立って、ドキドキでしたが、あっと言う間に過ぎ、何も後悔が残らないほど、歩き回りました。毎日1万5千歩~2万歩位歩いたと思います。迷子にも良くなりましたからね。とんでも無い方向へ歩いて行っていた事もあります。どんな失敗も友達と二人だと、結果大笑いで終わり楽しみました。
帰国後もドタバタが続いていて忙しいです。メモ位しておけばよかったなぁが、唯一の後悔です。
うまく表現出来れば良いですが・・・
  • 2017-10-09 20:36
  • 藤色の庵
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[C3175]

☆ameriさん
大決心しての旅でしたので、飛び立つ前は、落ち着かず予約しなけりゃ良かったなぁと、後悔していました。行く前の色々な準備が、大変でした。国内の移動も結構大変でした@私には。それ程の田舎町生活ドップリでしたからね。シドニーに着いてからの事は、それ程心配ではありませんでした。2人の知恵を合わせて何とか動けました。
天気は、ずっと良かったし、春先で、冷汗は、一杯かいたけど、夏の暑さではなかったです。今は、29度とかになっているようです。少し疲れが出てきています。やはり老体です。ameriさんも、今の内ですよ。団体旅行は、殆どしていませんが、自由が効かないかも知れませんね。2人だと、即決が出来て良かったです。
  • 2017-10-09 20:48
  • 藤色の庵
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[C3176]

☆mimakaさん
一年後がどんな風になっているか分からない年齢です。ヤッパリ決心して行って良かったです。友達と一緒だったのが心強かったです。パスポート後一年残っていますが、来年は、静かに暮らしたいとも思うし、でも、関東地方には、行きたいし・・・ シドニーより厄介な東京ですが。
チョット暑さの戻った山口県です。畑仕事が待ってます。
  • 2017-10-09 21:00
  • 藤色の庵
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[C3177]

シドニーは世界中の中でとても過ごしやすいところと聞いているよ
そんなとこに4回も行けたなんてはっぴぃだね♬
藤ちゃんの行動力にはいつもびっくりです
文通からはじまって行きたい気持ちが高まって
それが実現
ほんとに人生は自分次第だね
私は海外旅行は一回もしたことないのでほんとに
憧れてしまいます
また旅のお話楽しみにしているね~(^_-)-☆
  • 2017-10-10 14:28
  • アン
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[C3178]

☆アンさん
シドニーは、学校の休みが重なって、大混雑でした。中〇人も一杯。ホテルが市内だったので、どこへ行くにも便利でした。 観光客が大勢居て、危険は、感じなかったけど、以前よりは、注意が必要になって来たかも。会いたい人達には、全員会えて良かったです。
海外旅行は、元気でないと出来ないです。今回は、ギリギリかな。久し振りの英語でした。
  • 2017-10-10 20:15
  • 藤色の庵
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藤色の庵

Author:藤色の庵
山口県東部地方在住。 手作り大好きは、祖母、母からDNAをしっかり引き継いでいます。
8月に仕事を辞め自由人になり、体力低下と闘いながら手作りを楽しんでいます。時々農婦も・・・

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