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藤色の庵の楽書帳 |アルバイト (久しぶりの体験談です)

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アルバイト (久しぶりの体験談です)

久しぶりの体験記です。

新しい職場DUCON(デューコン)にも慣れてきた私は、元々オーストラリアに行ったら働く事になっていた日本食レストランでウェイトレスのアルバイトを金曜と土曜の夜だけする事になりました。
場所は、シドニーの繁華街キングスクロスの「名古屋」と言うレストラン。 経営者は、中国人で、大勢の戦争花嫁さんたちが夕方から深夜まで働いていました。

実は、私には、ウェイトレスの経験は、一度もなく、簡単な仕事だと思っていました。 それが、おおまちがいでした。 もちろん着物着用は、義務でしたから、着物の包みを提げて、汽車に乗り、バスに乗りして、夕方レストランに到着。 私の着物なんて大した物でもないのに、オーストラリアにお嫁入りした女性達は、羨ましがっていました。 着物地がないので、木綿の生地で自分で着物を縫っていた人が殆どでした。

店が開店してしばらくすると、日本の商社などの男性がたくさんつめかけてきて、2階では、料理とお酒を召し上がります。 階下は、普通のレストランのようになっていました。 調理は、階下でし、エレベーターのような物で2階まで上げます。 私は、2階の給仕の手伝いをさせられました。 各部屋の係りの仲居さんがいて、私は、下に下りて出来た料理をエレベーターの小型のような物に乗せてボタンを押します。 そして、すぐに階段で上に上がり、上がってきた料理を取り出して、各部屋に運んでいく係りです。 着物を着ているから、さっさと出来ません。

若い私は、40前後のほかの仲居さんの中では、目立ち、廊下に出たところで、酒に酔った日本人商社マンに捕まり、「アンタは、学生か?」と、からまれたりしました。 セクハラなどの言葉の存在しない時代でした。  部屋に料理を運んだら、酒のお酌もしなくては、なりません。 やった事ない私は、ドギマギ。 その当時、オーストラリアにいる日本人は、戦争花嫁さん、留学生、旅行者、商社マン&その家族でした。 で、ランク付けは、商社マン&その家族は、エリート(と、自分達で思っていたらしい)、その次が、留学生、戦争花嫁さんと旅行者は、下の部類のように思われていたようです。

深夜まで、2階と1階を上がったり降りたりして、料理や汚れた皿を運び続け、(こんな仕事は、私には、無理!)と、つぶやき続けました。 何しろ忙しい時間帯は、戦争みたいな物でした。
調理場の外で、船で一緒だったナベさん(渡辺さん)が、七輪で、焼き鳥をやいていました。 少しホッとしました。 ナベさんは、日本では、サラリーマンでしたが、辞めてシドニーに来たのです。 彼は、キングスクロスの小さなフラット(アパート)に住んでいて、(名古屋レストラン)にずっと勤めて、調理の仕事が向いていると思ったのか、日本に帰国後は、調理専門学校に通ってコックになり、後にカナダに移住しました。

ナベさんのフラットには、シドニーの日本領事館に勤めていた日本人女性が二人居て、私も時々そこを訪ねて仲良くしてもらいました。 この二人の女性には、後に色々お世話になるのですが・・・

兎に角、その夜は、終わるまで必死で働き、(自分には、勤まらないから・・・)と言って、さっさと、着物の包みを抱えて、深夜のキングスクロスを歩いてセントラル駅まで行きました。 キングスクロスと言えば、かなりヤバイところです。
恐れ知らずもいいとこです。 距離にして2kmは、あったような・・・

日曜日に名古屋レストランで長く働いていたS子さんが、私の一日分の給料とチップの分け前を持ってきてくださいました。 もう、気軽に考えてアルバイトなどしないで、地道に節約して過ごした方が良いと言う結論に達しました。

 

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今日は、家の中でマッタリの予定でしたが、コカブの種を買って来ていたので、空いている所に植えることにしました。 畑の傍には、道があり、時々お年寄りが歩いて通ります。 今朝も畑にいると、通りかかったおばあさんが、話しかけてきました。 にわか百姓の私は、わからない事は、聞いたりします。 うちは、近所と殆ど交流がありません。 と、言うか、近所がないという方が正しいかも。 訳あって自治会も外れているので、ツンボ桟敷状態です。 それでも、村八分では、ありません。 生活が忙し過ぎて、地域の人たちと交流が無くても、何とかなっています。 

畑の隅に植えていたコスモス4株の内、1株は、真っ白です。 伸びすぎてあちこちに倒れていたコスモスを起こしていたら、立派な花の付いた枝がぽっきり折れちゃいました。 それで、シオンと一緒にトイレに生けました。
存在感ありです。

 

DSC03723.jpg 

 

今日日中の殆どを使って、コツコツとむいた小栗です。 5時間くらいは、やりました。
今夜煮たので、お豆さんみたいな渋皮煮ができあがっています。 美味しくなかったら、落ち込みそう。
明日は、シソをしごいて、佃煮作りが待ってます。 

 

DSC03724.jpg 

 

先日からやり始めたクロスステッチ。 又間違いが判明。 明日も解く事からスタートです。 (骨折り損のくたびれもうけ)

 

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コメント

[C263] No title

アンさんの着物姿でのウエイトレス・・・ちょっとクスっと笑っちゃいました~。v-411
一日で辞めて2キロを歩いて・・・v-425凄い!・・・・・
・・・そうね~若かったし平気だったのよね。

そういえば私の勤めていた会社もシドニーに支社があってその頃ちょうど活気のある頃でしたね~。思い出しました。
東京からよく出張に男性社員は行っていました。
シドニーは気候が穏やかで暮らしやすいと行った方から聞きましたけどホント?

私はまだチクチクばかりで栗の皮むきしていません。
今日はキルトのしつけが終わったらやるぞ~。

[C264] No title

☆mimakaさん

昨夜は、栗を煮ながらブログアップなどしてたので、寝たのは、12時40分でした。 当然、今朝は、ベルの音で起きたものの当分の間、目が開きませんでした。 それでも、洗濯だけは、とやってるうちにマタマタ目が覚めて、朝から手芸です。 パジャマのズボンだけ着替えて、上は、パジャマにロングベストを着てやってたら、(ピンポ~ン)。 出てみたら、倫理の本を売りに来てました。 私には、用がない。

お腹が空いたので、昨夜作った豆の様な栗の渋皮煮を食しました。 ほっぺたが落ちそうなくらい美味しかった! 山栗は、小粒でもアッパレです。

シドニーは、メルボルンに比べ、気候が穏やかで住みやすかったです。 でも、今は、夏には、気温が42度くらいにまでなるそうです。
  • 2008-10-08 11:20
  • 藤色のアン
  • URL
  • 編集

[C265] No title

シドニーで一日仲居さんみたいなアルバイトしたんだね
着物着てるだけで大変なのに階段をのぼったりさがったり
ほんとに重労働だね。
それに酔っ払いにお酌するのもまだ若かったからびっくりしたでしょう。今でも嫌だけど。
オーストラリアでは未体験のことばかりだったんだね!!
今思い出せば楽しい思い出なのだろうけど、一歩間違ったら危ないシーンもたくさん。
ほんとに映画の中のお話みたいね。

クロスステッチ、ほどいたり大変そう~。
キルトのほうがずっと楽だね
私は旅の写真のスキャンしてたので今日は何も進まなかったよ
  • 2008-10-08 21:52
  • アン
  • URL
  • 編集

[C266] No title

☆アンさん

21歳って何もわかってないんだよね。 だから怖い物知らず。
逆にそれだから色々好奇心のみで突っ走れたのかもね。
  • 2008-10-09 08:56
  • 藤色のアン
  • URL
  • 編集

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プロフィール

藤色の庵

Author:藤色の庵
山口県東部地方在住。 手作り大好きは、祖母、母からDNAをしっかり引き継いでいます。
8月に仕事を辞め自由人になり、体力低下と闘いながら手作りを楽しんでいます。時々農婦も・・・

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